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ヨーロッパ。(2003年12月)


そろそろ年末です。まだ年賀状すら作っていない私としては、「もう?」という意識のほうが強いですが、それでも気づけば紅白歌合戦が始まってたりするのでしょう。ほんと、年を経るにつれて時の流れを早く感じるようになりますね。

さて、きょうは心理学のルーツ、ヨーロッパが心理学、いや、それだけではなく、いろんなものに与えた影響ってのを少し考えてみたいと思います。なんでいきなりそんな話なのか、と思う人もいるかもしれませんが、それはまあ、「文化人類学」だとか、「社会学」だとか、そういうのを私が講義で取った影響です(^^;)

どこかに書いたと思いますが、心理学は「ヨーロッパ生まれのアメリカ育ち」です。たとえば、「心理学」の始まり、ヴントが実験室を作ったライプチッヒ大学ってのは、ヨーロッパ・ドイツにある大学です。この大学、かなりできたのが古くて、1409年生まれ。ちょうど、イタリアでルネッサンスが始まった頃、活版印刷という今の印刷技術の基礎みたいなもんが開発された頃です。ちなみに、その頃の日本は「応仁の乱」、つまり、戦国時代。えらい違いとか思っちゃダメですよ(^^;) ちなみに、この大学ではゲーテとか森鴎外なんかも学んでて、今のライプチッヒ大には本を開いた形をした、えらいでっかい変わった図書館があります。ホームページはhttp://www.uni-leipzig.de/(ドイツ語読めないと意味全然わかんないけど)です。途中からどうでもいい話になってますね(^^;)

まあ、つまり、ヨーロッパの「由緒ある大学」で心理学はスタートした、ということです。それ以外にもヨーロッパと心理学のつながりは深く感じられます。フロイトもユングもエリクソンもヨーロッパの人ですし、こういった学者がアメリカにわたって、その後のアメリカにおける心理学の基礎を作ったってことは、大学で「心理学史」の授業を取った方なら、頭のどこか片隅に残っていることでしょう(ユングは行ってないけど)。

で、ここからが重要な話。実はこういうヨーロッパ的センスが、今の心理学、いや、あらゆる学問、それどころか、日常生活の至るところにまで大きな影響を与えているのではないか、と私は思うのです。

たとえば、心理学、特に発達とか臨床においては「一つに統合される」という考えを基礎にとります。簡単に言えば、「より一人の人間として成長していく」というモデルです。「人間は大人になるにつれて、よりバラバラになる」なんていう理論はまず見ることがありませんね。「多様性を残しながらも一つに収束していく」という形の理論、話のほうが多いと思います。

そんな難しいことではなくても、たとえば、日常生活、アンケートの場面で「あなたの職業はなんですか?」と聞かれたら、皆さんはたぶん常識に従って、「学生」だとか「会社員」だとか、一つに絞って書くことができると思います。

しかし、これはものすごく「ヨーロッパ的発想」なのです。細かい話は哲学とか思想史とかそういう話に入り込んでしまうので避けますが、たとえば、啓蒙主義(理性を原理として人間の平等性、一体性、進歩を主張する主義)だとか、そういうものの影響がここにはすごくある。

他の文化に目を向けてみると、「一つに統合されていく」という思想ではなく、「分離して多種多様になる」という思想を持つところも確認できます。でも、やはり「ヨーロッパ中心主義」という言葉があるように、ヨーロッパが与えた影響はものすごい。

いろいろなことの黎明期、つまり、数百年前から今に至るまでの間のヨーロッパが感じていた社会のムード、そしてそれがベースとなって作られているはずの本とか教育といったものが、今の社会を大きく支配しているといっても過言ではないのです。

たとえば、いきなり話が変わるようですが、昔のイギリスの大学(ケンブリッジとかオックスフォードとか)は自分の宗教が何か申告しないと入学することができなかったそうです。そこでいう宗教とは、つまり、キリスト教のこと。キリスト教ってのは一神教です。いくつもの神を認める多神教ではありません。これが当時の社会のムードそのもので、そしてこのことが学問とか社会とか人々に何らかの影響を与えたことは間違いありません。で、その時代の学問だのなんだのを基礎として、今、私たちはいろいろやっているのだから、ヨーロッパの影響を何がしかの形で受けていることは間違いない。

もっと個人に目を向けてみましょうか。たとえば、ユングはゲーテの「ファウスト」(講談社からこの前出たノベルスサイズの本とは違うよ)を愛読書にしていたそうです。で、このゲーテってのは、「女性における男性性(=男らしさ)、男性における女性性(=女らしさ)が自分をより高める」という哲学を持っている人でした。もうわかると思いますが、これは後のユングの理論、男性の中の女性像「アニマ Anima」、女性の中の男性像「アニムス Animus」に大きく影響したと考えられます。そう、このような形で影響を与えていたと考えられるのです。そして、そういう影響を受けたものを基礎として、私たちは今、生きているのです。

もちろん、私たちが学んでいる「心理学」という学問は、ヨーロッパだけではなく、アメリカの影響も大きく受けていると思われます。ここでいう影響というのは、アメリカの人々が持っている思想だとか、社会とか、そういうレベルの話。

つまり、アメリカで心理学は育ったって言うけど、では、なんで育つことができたのだろう? ほんとに学者がアメリカに行ったからだけだろうか? いや、それだけじゃなくて、渡った学者が活動しやすかった、人々も興味を持っていた、そしてそれを裏で支える、その人々が生きていたアメリカという土地が持つ思想、例えば、個人主義とかそういうものが影響しているはずだ、と私は思うのです。

なぜなら、人はその土地が持つ社会的な規範などに従って生きていくわけですから。

だから、心理学だけを考えるなら、アメリカのことも考えなきゃいけないのですが、でも、そこはそことして、私は少し、「私たちの物を考える視点には何らかの形でヨーロッパの影響がある」ということに注意してみたい、と思うのです。

さっきの職業欄の話、皆さんなら、すらっと一つ書くことができると思いますが、しかし、クリエイターと呼ばれる人たちは必ずしもそうではありません。絵を描く、文章書く、音楽やる、そういうマルチな活動をしている人にとっては、職業を一つに絞るなんてできない。どれもこれもあって、それで自分ができている。でも、そういう視点を許容するように私たちはできているでしょうか? どこかで一つに絞るように考えないでしょうか?

さっきも言ったように、この視点はとてもヨーロッパ的です。で、ここで言えることは、確かにヨーロッパの視点はさまざまな意味でプラスに働いたけれど(特に、自然科学が発展したことを見ればそれはわかる)、でも、そればっかりに偏ると、見失いそうになるものがあるんじゃないかな、ということです。

私はヨーロッパ的がダメだ、と言っているわけではありません。とても大事だと思っています。だけど、そういう視点が私たちの生活に影響を与えている、ということには気づいてほしいのです。

ヨーロッパから入ってきた視点は確かに大事。でも、それだけではなくて、私たちは私たちなりに、いろんな目を持って、いろんな物事を見ていくことができるはずです。その両方の目で見ていくことができれば、すばらしいと私は思うのですが、皆さんはどう思いますか?

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