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【特集:大学発スタートアップの展望】
座談会:大学からよりよい未来をつくる――スタートアップへの期待

2024/05/07

なぜ大学でスタートアップが重要か

山岸 現在、日本全体でスタートアップの振興が言われる中で、世界的に競争力のある研究成果、いわゆるディープテックを活用した大学発スタートアップへの期待というのは非常に高まっていると考えています。今日は慶應の中での取り組みと、国レベルから見た時に、大学発スタートアップに対してどのような期待があるのか、また国の政策について今枝さんからお話を伺えればと思っております。

まず冒頭、慶應でのスタートアップ支援の取り組みを私から少しお話しさせていただければと思います。

2015年に大学発ベンチャーキャピタル(VC)である慶應イノベーション・イニシアティブ(KII)を立ち上げた時から、なぜ慶應にとってスタートアップは重要なのかという話がありました。それは1つには、大学の社会的使命の変化があると思います。

今まで教育と研究が大学の社会的使命と言われてきましたが、その成果を具体的に使って社会貢献をしていくことがより求められるようになってきたということです。その1つの方法として、スタートアップによって研究成果を世の中に使われるようにすることが求められているということですね。

福澤先生の「慶應義塾の目的」の中に「全社会の先導者たらんことを欲するものなり」という言葉があります。明治の時代も、福澤山脈と言われるように、慶應から実業界に出て業を起こす人はたくさんいたわけで、それは慶應のDNAと言ってよいと思います。

それから、社会において日本の課題を解決していく、経済を活性化していくことも、スタートアップに対して期待されているという背景があります。

KIIは、1号ファンドは45億円で19社投資をしまして、今、IPO(新規上場)が3社でできている。2号ファンドは103億円で、そこからケイファーマにも出資させていただいていますが、IPOが1社ということになります。今、3号ファンドを去年の10月から立ち上げていますが、この3号ファンドはインパクト投資(社会的なインパクトの創出を目的とする投資手法)というところを明確にしています。

もともと慶應の研究成果を使って社会課題を解決するスタートアップを育成していくというミッションがありますが、最近、世の中でも、主に金融サイドのほうからESG投資の発展形として、環境や社会に対して、ポジティブなインパクトを創出するインパクト投資に関心が高まっています。そこで、3号ファンドからはベンチャー投資にグローバルなインパクト評価の手法を導入しています。

2015年にKIIを立ち上げた時は、塾内でも、お金が集まらなかったらどうするのかとか、リスクサイドの話がよく出ていました。また、2年くらい前にインパクト投資の話を始めた時は、出資いただいている金融機関の方たちから、まだ早いのではという話も出たのですが、去年から完全に風向きが変わって、ディープテックやインパクト投資に対する社会の期待がすごく高まってきました。

小型衛星の社会実装へ

山岸 さて、中村さんと白坂さんは、KIIが立ち上がったのとほぼ同じタイミングでスタートアップをやられていて、慶應の中でもまだ空気が温まっていない中で頑張ってこられました。白坂さんは宇宙への小型衛星の事業を行う、Synspectiveを立ち上げ、運営されています。その取り組みの経緯、現状をお話しいただけますでしょうか。

白坂 もともと私たちは内閣府の革新的研究開発推進プログラム「ImPACT」の中で技術の開発をしてきました。ImPACTの募集があったのが3.11の後でした。宇宙開発は国のお金でずっとやってきたわけですが、宇宙業界は災害への対応を訴えてお金をいただいていたのに、3.11では、日本の宇宙技術があまり貢献できなかったことに悔しい思いをしていました。

人工衛星というのは、軌道によりますが、同じ場所に戻ってくる周期が、10日に1回ぐらいになったりします。震災の時もその少し前に日本上空を通り過ぎたばかりで、すぐに来るチャンスがなかなかなかったんですね。結局、発災後すぐに観察するには人工衛星の数を増やす以外に方法がない。そこで合成開口レーダー(SAS)という、雲があっても、夜でも、自から電波を出して計測する小型の人工衛星を開発、提供することにしたのです。

しかし、例えばこの前JAXAさんが打ち上げたALOS-4という人工衛星は、1機で250億円します。すると10日に1回を1日に1回にしようと思ったら2500億円かかる。それではとても数を上げられないので、人工衛星をとにかく安くする必要があります。そのためには小さく軽くする技術が必要になるので、既存の合成開口レーダーを小さく安くする研究開発のためにImPACTで計19.9億円の資金をいただいて、小型化する技術に成功したのです。

それは当時世界先端の技術でしたが、社会に実装することを考えた時、国にお願いする形だと、予算措置をして、実際に衛星を作って打ち上げるまでかなりの時間がかかってしまう。一方、日本は自然災害が頻発する国で、南海トラフ地震も予想されていますので、とにかくスピードが必要です。そこで内閣府と相談し、スタートアップで社会実装するしかないと決めたのです。

ImPACTは技術開発、研究開発のプログラムだったので、そのメンバーは技術の研究者ばかりでした。実際スタートアップを作るとなると、経営など全然違う人材が必要になります。だから一番立ち上げで時間がかかったのが経営者探しでした。

こちらがイメージする条件に合う人に出会うまで、約6カ月近くかかりました。それで今のCEOの新井元行氏に出会い、それも絶対にフルタイムでやってもらいたかったので、そこから約3カ月説得し、約9カ月かけてやっとメンバーが揃い、Synspectiveを立ち上げました。

お蔭様で、立ち上げ後は資金調達もそれなりに上手くいき、つい先日、4機目がちょうど上がり、今年あと2機打ち上げる予定です。今回打ち上げた衛星も順調に動いていて撮影もできる状態で、国内はもちろん、海外からも結構引き合いが来るような形です。

山岸 順調に進んでいて素晴らしいです。

白坂 立ち上げてすぐにシンガポールオフィスも作り、グローバルできちんとお金を稼ぎながらやっています。

ミッションは災害時にいかに人命を救助できるか。もう少し明確に言うと、発災後2時間以内に被災地の状況がどうなっているかを首相官邸の対策本部に何とか情報を入れられないかということです。南海トラフのような大きな地震が仮に起きると、大変広域の被災になるので、一部の地域の情報だけだとどこに自衛隊を送ればいいのかの判断すらつかなくなります。それに何とか資するものを作ろうと思い、今、30機の打ち上げを目指しています。

山岸 大学発スタートアップの中でも少し特殊で、ImPACTのプログラムで、かつJAXAの方や東大の方などいろいろな方が入って技術をつくられ社会実装された。逆に、ある意味、大学と離れていたので話がまとめやすかったところもあったのでしょうか。

白坂 そうですね。当時はまだ大学発でディープテックをやっていく環境が十分熟していなかったと思います。ImPACTというのは、山岸さんがおっしゃった通り、トッププレイヤーを集めたチームだったので、慶應発でもあり、東大発でもあり、東工大発でもあり、JAXA発でもあるということでいろいろな知見を集めてやりました。ですので、大学という場ではありますが、フリーに動けていた分、難しさもある一方、制約はそれほどなかったかもしれません。

ただ、うちも出資はKIIさんにもすぐにお願いをしています。

再生医療を難病の人たちに届けたい

山岸 では次に、医学部のど真ん中でやられてきた中村さんにケイファーマの話をお願いします。

中村 私たちがケイファーマを立ち上げたのは2016年11月。立ち上げた理由は非常にシンプルで、治療法がない患者さんを治したい、というその思いだけです。

2000年から生理学の岡野栄之さんと整形外科の私で、再生医療の基礎研究、橋渡し研究をずっとやってきました。の中で文部科学省や厚生労働省から多くの研究支援をいただきました。AMED(日本医療研究開発機構)の再生医療実現拠点ネットワーク事業や再生医療実用化研究事業などの大きな支援もいただき、基礎研究のデータが蓄積し、いよいよこれは臨床に行けるなと思い始めました。

ただ、われわれが研究に没頭しているだけでは、患者さんに医療として届けることができない、ということに遅ればせながら気が付きました。医学部は社会実装に関してはとても遅れていたんです。目の前の患者さんを治すという日々の診療と、日々研究をして論文を書いたり、競争的資金をとることには、熱意を持っていますが、僕自身の反省も込めて言うと、それを実際に社会に届けるところに気が回っていませんでした。

だから、なぜスタートアップを作ろうと思ったかというと、何らかの産学連携のシステムを作り、事業として新たな治療法を患者さんに届けるためには、われわれだけではできないということに気付いたからです。

そこで山中伸弥先生がつくられたiPS細胞の技術を活用し、脊髄損傷に対する再生医療を行う。もう1つ、iPS創薬によって神経難病であるALS(筋萎縮性側索硬化症)に対する治療を可能にするということを2つの柱にして、これを患者さんのところに届けよう、という合言葉でケイファーマを立ち上げました。

2016年頃の医学部では、診療科の教室のトップに「何だ、スタートアップって?」という空気がありました。そして、スタートアップを作るにしても、やはり経営者を誰にするかが問題になる。岡野さんも私もサイエンティフィックファウンダーとしてかかわるけれど、当然経営の知識も経験もないので、経営する方をどう見つけるかは、白坂さん同様、われわれも苦労しました。たまたま機会があってエーザイにいらした福島弘明さんをお呼びすることができました。その時はKBS(経営管理研究科)の人脈を使わせていただき、非常に有り難かったです。

山岸 立ち上げてからはいかがでしたか?

中村 苦しい時期が続きました。これは資金面もそうですし、われわれにノウハウが全くないところからのスタートだったからです。当時の慶應義塾、いわんや信濃町にはスタートアップを支援する体制もなく、なかなか厳しい状況でした。ほとんど手弁当で手探りの状態で、道なき道をいくという時期が続いたという印象です。

ところが、有り難かったのは、2021年に今の伊藤塾長、山岸常任理事の体制になり、慶應義塾が、アカデミアから出てきたシーズを社会実装する1つの手段として、スタートアップが重要だ、と後押しをしてくれました。そういった機運の高まりもあり、昨年何とか上場することができました。これでわれわれの夢の実現に一歩近づいたなと思います。

ただ、これはまだスタートラインに立ったに過ぎません。これからわれわれがこのスタートアップを通して、本当の意味で患者さんに役に立つ再生医療を届けるためには、国や義塾の皆さんとともに、しっかりとわれわれのミッションを継続しながら進めていきたいと思っています。

山岸 岡野さんが医学部長の時代から、医学部発ベンチャー100社構想というものも出て、医学部の中では着々とベンチャー/スタートアップが出てきています。この5年ぐらいで本当に雰囲気が変わってきたという感じがします。

中村 変わってきましたね。あの頃から考えると、今の空気感は考えられないです。スタートアップというと何となく異端児みたいな見方をされていましたから。

ところが、若い人たちは全然違って、むしろスタートアップというのは手段であり、自分たちの研究成果や臨床の経験を社会実装する、社会貢献するものだと理解している。その結果として収益が上がり、それがきちんとまた研究に回り、実装していくという考え方は、われわれシニアよりも、若い世代のほうが自然に感覚として身についていると感じます。

2024年5月号
【特集:大学発スタートアップの展望】

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