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Keio Times(特集)

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転換期を迎えた大学の進化と
一人一人の「志」を育む教育の大切さ

卒業生 曄道佳明君(理工学部卒)

2024/04/17

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曄道佳明(てるみち よしあき)/上智大学長
1985年理工学部機械工学科卒業。1990年理工学研究科修士課程修了。1994年同研究科後期博士課程単位取得退学。博士(工学)。東京大学生産技術研究所助手となる。1998年上智大学理工学部機械工学科助教授、2004年教授。学部学科改組により2008年からは同学部機能創造理工学科教授。専門は機械力学で高速鉄道などをテーマにした研究に取り組む。上智大学では学務担当副学長、グローバル化推進担当理事補佐、国際協力人材育成センター長などを歴任し、2017年第16代上智大学長に就任。2019年矢上賞受賞。2021年慶應連合三田会大会にて理工学部同窓会総会の特別講演会に登壇した。

技術者として働いた後
あらためて大学院で学び直す

-曄道さんは志木高等学校のご出身ですね。

曄道:ええ、子どもの頃から野球が大好きでしたので、志木高校では野球部に入部しました。ポジションはショートです。実は叔父が大学の應援指導部出身で、小さい頃から神宮球場の早慶戦に連れて行ってもらって、「お前が将来着るユニフォームはグレー(慶應義塾)だ。白(早稲田)ではない」と言われていまして(笑)。ところが高校2年から3年にかけて肺の病気を患い、ドクターストップがかかって野球ができなくなってしまいました。ただ、野球部の監督からコーチをやらないかと声をかけていただき、大学へ進学した私が志木高校野球部監督を務めることになりました。

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志木高等学校野球部監督時代。後列一番左が曄道さん

-大学は理工学部に進学されています。

曄道:高校時代は特に文系・理系は意識せずにいたのですが、野球ができなくなって「大学で何を勉強しようか?」と考えたときに何となく理工系が思い浮かびました。入学してみると、理工学部は文系学部よりカリキュラム上の制約が多いので、監督業との両立には大変苦労したものです。3限までは矢上で授業を受けて、急いで日吉駅から電車を乗り継ぎ志木高校に向かう……そんな日々でした。学部時代は機械力学の研究室に所属し、卒業後は三菱電機株式会社で技術職として働いていました。素晴らしい組織を持つ会社で、尊敬できる技術者の方がたくさんいらっしゃいました。その中で、私は次第に自分の不勉強を思い知ることになり、もう一度本気で機械力学の勉強をやり直したいと思うようになりました。

-それで退職されて母校の理工学研究科に入られたのですか?

曄道:せっかく入社させていただいた会社でしたが、技術職とは最終的には個人の力量が問われる仕事で、ここで勝負を懸けないとダメだという思いが強くなったのです。理工学研究科では学部時代と同じ研究室で博士号取得を目標として研究に取り組みました。当時は超高層ビルのエレベーターに使われるワイヤーロープの振動解析などに取り組んでいました。大学院の後、東京大学生産技術研究所に助手として採用されてからは「乗り物」に関する研究に取り組むようになって、高速鉄道などその後の私の研究対象につながっていきます。東大に4年在籍した後、公募で上智大学に助教授として採用され、今年度で26年目になります。その間、学生センター長、入学センター長、学務担当副学長、国際協力人材育成センター長などを務めさせていただき、2017年より学長になりました。

「オープンな大学」として
次のステージを見据えて進化を

-学長として上智大学のアドバンテージはどこにあると思われていますか?

曄道:一言で言えば「オープンな大学」であるということでしょうか。学問の垣根を越えるオープンな教育研究環境が大きな特色であることを強調しておきたいと思います。私自身が研究者として参加している共同研究では経済学や教育学の先生方と組んで、交通インフラが整っていない地域に環境負荷の低い鉄道網を整備する方策について、海外でのフィールドワークを交えて研究を進めてきました。また学外との共同研究にもオープンで、私の研究室ではJR東海と新幹線車両の地震対策などについて長年研究してきました。その中ですでに10人近いJR東海の社会人ドクターを輩出しています。一人の研究者としてこうしたオープンな研究環境をとてもありがたく感じてきました。

-世界に開かれた大学としても、上智大学は日本でもトップクラスですね。

曄道:ありがとうございます。上智大学は世界中に約400のパートナー校があり、コロナ禍前は92カ国から留学生を受け入れていました。慶應義塾大学をはじめとする日本の著名総合大学と比較すると半分以下の規模ですが、このレベルの国際交流を用意できていることは誇るべきことでしょう。ただ、私はその現状に甘んじることなく、グローバルな視点から次のステージへ向かわなければならないと考えています。上智大学はカトリックの大学で、イエズス会という修道会が母体になっています。イエズス会関係だけでも世界に約80の大学があり、アメリカのボストンカレッジ、ジョージタウン大学など各国のトップレベルの大学が名を連ねています。カトリック全体ではさらに多くの大学があり、上智大学はそうしたネットワークの中でさまざまな世界の課題に対応し、次代のグローバルリーダーを育成する教育研究を展開していかなければなりません。なおかつその中で独自のプレゼンスを発揮していくことで、世界中から信頼され、尊敬される大学でありたいと考えています。アジア、それも日本への世界からの期待や関心はまだまだ大きく、英語で学位が取れる上智大学が海外の人々の期待にさらに応えていくために何が必要かを常に考え、実行に移していきたいと思っています。

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2019年に上智大学四谷キャンパスに来校された教皇フランシスコ。上智大学キリシタン文庫所蔵の「マリア観音」を記念品として教皇に贈呈(上智大学提供)

時代の転換期を生きる人に求められるのは「志」

-近年、生成AIが話題となっていますが、進化し、拡大する最新の情報通信技術(ICT)の中で大学の教育・研究も転換期を迎えています。

曄道:今の大学には単に教育方法にとどまらず、「教育とは何か?」という根源的な問いが突き付けられているのだと思います。大学は専門的な学術研究の場であると同時に、現代社会の中で生きていく人を育てる場所でもあります。大学としてはどちらも大切にしなければいけないわけですが、社会がこれだけドラスティックに変化していますと、とりわけ「人の成長機会としての大学キャンパス」のあり方がクローズアップされることになります。専門的な学術研究に関しては近代以降脈々と続いてきた伝統と歴史がありますが、こちらは新しい環境づくりから取り組まねばなりません。今、学生たちにとって本当に必要なリテラシーは何かということを十分議論してカリキュラムに反映していくことが急務です。

上智大学ではその一環として、すでに全学部の学生が基礎からデータサイエンスを学ぶことができる環境づくりをスタートさせ、データサイエンスの入門編は全学生の必修にしています。また、例えば社会調査をベースにした研究に取り組む社会科学を専攻する学生にはデータ分析のスキルが求められますので、文系の学生でも必要に応じて高度なデータサイエンスを学べる仕組みも整えました。今後はさらに課題解決のためのICTやAIなどのツール活用を含めて、これからの社会で活躍するためのリテラシー教育についてカリキュラムの工夫を重ねていきたいと考えています。

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2022年に両学共催で開催した「ウクライナ平和シンポジウム」での一枚。伊藤塾長とともに学生セッションをモデレート(上智大学提供)

-大学生の気質も時代とともに変化していませんか?

曄道:学生気質の変化は肌で感じており、高度情報社会に生まれ育った最近の学生は情報や知識を柔軟に自分の中に取り入れる吸収力が強くなったと感心しています。ただ、大切なのはその吸収した成果や自分の経験を社会でアウトプットすることです。従来の「教育→仕事→引退」という「3ステージ」から起業や学び直し、ボランティアなども含む「マルチステージ」型の人生へと移行している今、吸収したものをそれぞれのステージでどう発揮するか、あるいは自分のマルチステージをデザインするためにどう生かすかが問われてくると思います。また、上智の卒業生は国際的な舞台で活躍することが多いですから、グローバルな交渉力も身に付けてほしいと思っています。異なる文化や価値観を持つ相手との交渉力と合意形成は今後ますます重要になってきます。語学力や交渉のスキルだけではなく、粘り強く合意形成に導くことができる「たくましさ」も必要になってきます。欧米ではビジネスリテラシーとして交渉学という分野がありますが、往々にして日本では交渉=ネゴシエーションは軽視されがちです。しかし「人の成長機会としての大学キャンパス」ということを考えるなら、アウトプットや交渉するための研鑽の場は必要不可欠ではないでしょうか。私を含め多くの大学トップが今、そうした研鑽の場を提供していく必要があると考えているはずです。こうした転換期における大学の挑戦は、社会の理解に支えられる必要があると思っています。学部4年間で完結する従来の大学教育はもう過去のものとすべきで、それこそ中等教育からの継続性や社会人になってからの成長までを考えた上で、大学はどうあるべきかについての議論が社会の中でさらに深まってほしいですね。

-「中等教育からの継続性」というお話が出ましたが、小学校から大学院まで擁する慶應義塾の一貫教育へのご提言はありますか?

曄道:転換期を生きる人間に大切なことは何だと思われますか? AIなど革新的な技術やツールが次々に登場すると、新しい時代への期待とともに激しい変化に追いつけるか私たちは不安に陥ります。私はその不安から脱するために必要なのは、結局、個人が持つ価値観や倫理観、一言で言えば「志」ではないかと思っています。こうした変革期の社会で生きる力は決して付け焼き刃で身に付くものではありません。先ほど「学部4年間で完結する従来の大学教育はもう過去のもの」と申し上げましたが、志を育むためにはどうしても継続性が必要となるわけで、初等教育からの一貫教育校である慶應義塾はそうした志の教育にも成功していると私は思います。時代に応じてアップデートしながら、今後もその強みを大切にしていただきたいですね。そして大学組織だけの上智大学でそうした志を育む仕組みをどのようにつくっていくか……それが私にとっての大きな課題です。

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-最後に塾生、塾員へのメッセージをお願いします。

曄道:所属学部にかかわらず塾生の皆さんには、先ほど申し上げた「マルチステージ」型人生を意識して、自分の人生を自身でデザインする能力と強い志を育んでほしいと思います。慶應義塾における学びで確実にその礎を築くことができるはずです。

塾員の方々にはいっそう社会の発展のために力を発揮してくださることを期待しています。慶應義塾で学んだ経験は、社会において確実に大きなアドバンテージとなります。アドバンテージを持つ者は、やはりそれを社会に還元するのが責務でしょう。私自身もそうした意識で日々の職務に取り組んでいます。

-本日はありがとうございました。

この記事は、『塾』WINTER 2024(No.321)の「塾員山脈」に掲載したものです。

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