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精神医学的見地


臨床心理学を語る上で、精神医学ははずせない存在です。もともと、無意識を唱えたシャルコーも、精神分析を始めたフロイトも、イメージを重視したユングも、みんな精神科医です。今の臨床心理学の大きなベースに精神医学があること否めません。

ですが、ここではそのような歴史的な精神医学というよりも、今現在の精神医学が精神疾患や心理的不適応をどう考えているかを書いていこうと思います。

まず、精神分裂病やうつ病といったことを診断するには、ある程度指針があります。歴史的に考えれば、以前は精神科医個人の判断に任されていたところが大きかったのですが、それでは限界が見えてきたというのと、基準を統一化することによって、診断を容易にする目的でいくつかの指針が作られています。

世界的に考えて一番重要視されている指針は、アメリカ精神医学会発行の「精神疾患の診断・統計マニュアル」 通称、DSMです。現在は第4版。その改訂版が2000年に出て(今回はText Revision)、DSM-4-TRとなっています。DSMでは精神分裂病やうつ病といったものから、気分障害、アルコール依存症、サディスティックなどの性障害、知能障害、痴呆といった器質疾患まで幅広いものを定義しており、そのベースには今までの研究とその統計結果があります。そしてそこから、どういう症状があるとき、こういう疾患である、ということを定めています。

[DSM+]

これによると、たとえば精神分裂病であれば、

(1)妄想、(2)幻覚、(3)解体した会話、(4)ひどく解体したまた緊張病性の行動、(5)感情の平板化、思考の貧困、意欲の欠如などの陰性症状のうち、2つ以上のものが1月以上続いており、また障害全体として、半年以上続いている。

のように定義されます。

このように具体的に定義されているために、診断マニュアルとしての価値が高く、またDSMにのっとったSCID(Structured Clinical Interviews for DSM-IV)と呼ばれる面接法もあるため、非常に実践的にも価値があるとされています。

[SCID+]

抑うつ気分に関するSCIDの例を示しましょう。

まず「この1月の間に、1日の大半を憂鬱に感じたり、落ち込んだりすることが、毎日のように続いた時期がありましたか? あったとしたらどんなふうでしたか? そしてそれは2週間以上続きましたか?」と質問とします。これは抑うつ気分に関するDSM項目に基づいて作られています。

この質問に対してした患者、あるいはクライエントの反応を(?)情報不確実、(1)症状なし、(2)症状はあるがわずか、(3)症状ありのように分類し、他の質問と総合して、最終的に診断を下します。

DSMはすべての精神疾患に対して定義をし、このようなマニュアル化をしているため、ほぼ全世界的に使われ、日本でももちろん、利用されています。

なお、DSMはまず大分類として、精神病、不安障害、人格障害のように障害を分け、そのおのおののカテゴリーに、各疾患が分類されています。たとえば、パニック障害や社会恐怖、外傷後ストレス障害(PTSD)は不安障害に、境界性人格障害(ボーダーラインシンドローム)や依存性人格障害などは人格障害に分類されます。

なお、いわゆる多重人格は解離性同一性障害と呼ばれ、解離性健忘や離人症などと同じ解離障害にカテゴライズされています。「人格」という名はついていますが、その内容に人格全体の破綻は見られず、あくまで一機能の障害だからです。

これらはDSMによる分類ですが、疫学的な国家レベルの調査の場合では世界保健機構(WHO)制定の「行政的疾病分類」 通称ICDが使われます。現在は第10版のため、ICD-10と呼ばれます。ICDはすべての疾患の分類表で、その精神疾患項目がDSMがベースとなって作ってあります。

[ICD-10+]

これら精神医学的分類は、患者あるいはクライエントの疾患を決めるために重要な働きをしています。

また、実際の診察の場ではMMPI(ミネソタ多面的人格目録)、BDI(ベック式抑うつ尺度)などの質問紙が多用されます。これらは今までの診断基準とは関係ありませんが、質問紙のその性格上、診断に利用されます。

このうちBDIは、認知療法から生まれた質問紙として有名で、全21項目からなり、また施行も簡単で、評価も単純なため、うつ病の診断、そして経過観察によく利用されます。その例を示しましょう。

BDI(Beck Depression Inventory)の質問例

「以下の質問に当てはまる答えを、ひとつ選んでください

例:自分の将来について、

BDIでは各質問に点数をふり、その合計点を抑うつ度レベルとする非常に単純な形をしています。つまり、点数が高いほど抑うつ度が高いことになります。

このような単純なものなので、患者あるいはクライエント自らでし、自己管理に使われることもあります。

このように精神医学的診断では、基準や質問がかなり体系的にまとめられています。カウンセリングなどとの大きな違いはこの点です。これは精神医学の目標は、その疾患の治療であるのに対し、臨床心理学の目標があくまで、クライエントへの援助だからです。

このようにして診断をした結果、治療が必要と判断されれば、各疾患に合った治療が行われます。現在は入院することは少なく、多くの場合は定期的な通院ですみます。また、精神疾患のほとんどが適切に治療されれば軽快します。ですから、普通の医療行為と変わりません。

なお、治療の基本はあくまで、薬物療法と心理療法の組み合わせです。どちらが欠けても成り立ちません。このため、臨床心理士が治療に関わる場合、医師と協力としながら心理療法のエキスパートとして働くことになります。

さて、今まで書いてきた精神医学的見地は、臨床心理学の立場から見れば、診断的立場ですから無視されるものです。ですが、この基本的な精神医学的見地もないと、心理臨床は立ち行きません。ぜひ、理解してください。

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